Little AngelPretty devil 〜ルイヒル年の差パラレル 番外編

  春が来ましたvv
 



ふとした拍子に気がつくのが。
いやに早い時間から、
ちゅくぴちゅと囀
さえずってるのが聞こえて来て、
どこかなとひょいと眸をやった庭木の梢、
留まってる小鳥たちの影が何だか増えてたり。
陽の明るさが随分と濃くなっていて、
濡れ縁に座っていると、
すぐにもぽかぽかと それは温
くとく感じたり。
ご近所の河原沿いに居並んでる、
桜の梢が節々に花の芽を膨らませての、
ちょっとだけ様変わりをしていたりするのの隙間から見上げるお空が、
青みを増して殊更に明るくなってたり。
そういうのへと遅ればせながら気がついて、

 「春だよねぇ。」
 「はゆ?」

書生の小さなお兄さんが、そりゃあしみじみと口にしたのへと。
書見台へ広げた同じ巻物、上と下から向き合って、
繊細な筆致で描かれた、唐渡りの絵草子の、
お花や山水の絵、一緒に覗き込んでた小さな坊やが、
“おややぁ?”と訊き返して来たものだから。
純白の小袖に重ねたは生成りの袷
あわせに紫紺の袴。
着るものへは とうに春めいた色襲
かさねをまとってたセナくん、
やわらかく笑うと、そだよと頷いて見せて差し上げて。

 「ほら。
  朝早くとかは まだちょっと寒いけど、
  お天気がいいと暖ったかくって ぽかぽかするだろ?」

うんと、そちらもまた小さな顎を思い切り振って、
歯切れ良くも大きく頷いたくうちゃんへ、

 「それってね、
  寒い寒い冬がそろそろ終わって、
  暖ったかい春が来つつあるからなんだよ?」
 「はややぁ〜〜vv

あんまり絵のない草紙もお読みのセナ兄様は、
お館様とおとと様の次くらいに何でも知っておいでだから、
ほんとお?って確かめるとうんうんと頷いてくれるのが、
くうちゃんにもワクワクって嬉しくなった。

 「はゆって あったかい?」
 「そうだよ?」

どんどん暖ったかくなって、それで。
お花とか葉っぱとかも元気になって、どんどんお顔を見せてくれる。
小鳥や蝶々も、冬の間はあんまりいなかったのが、姿を見せてくれるしね。

 「ことりvv

そうそう、そういえばさっきも、
メジロさんかな?
何羽もがちゅくちゅくって鳴き合いながら庇の上を飛んでったの。
濡れ縁に落ちた陰が、さぁって風みたいに素早く掠めてって。
あっ、あって、大急ぎで翔ってったのに間に合わなくて。
何だろ何だろって思ってドキドキしたの〜vv、と。
仔ギツネ坊や、思い出しながら興奮したか。
柔らかそうな小鼻をひくひくさせて、
甘い栗色の髪の隙間から覗いてる、三角のお耳をピピンと立てて。
淡鼠色の袴のお尻から出してるふかふかのお尻尾、
旗のよに したぱた大きく振っているのが、
何とも無邪気で愛らしい。

 「はゆ、もっと来ないかなぁvv

小鳥さんやお花や、暖ったかいを連れてくる春。
お鼻の先がむずむずするのはそのせいだったのか〜と、
ワクワクしている仔ギツネさんだったのだけれど…。





  ◇  ◇  ◇



 「それは花粉のせいではなかろうか。」
 「…お館様、この時代にまだそんな病はないと思われますが。」

いいお日和に誘われて、
昼餉を済ますとお外へ飛び出してったくうちゃんであり、
その隙を衝いてのお勉強、
咒のお師匠様である蛭魔と向かい合ってたセナがふと、
午前の会話を持ち出したのだが、

 「人間の傍らに居すぎると、
  感受性とか感応力とか下がってしまうのでしょうか?」

天狐のくうちゃんだってのに、
セナが話題にしたのへ やっと気づいたように見えもして。
もしやして自分では春の気配に気がつかなかったからでしょかと、
これでもかわいらしい弟分を案じておいでらしきセナくんへ、

 「そういうのはねぇと思うぜ?」

茶味を含ませた深緑の袴に包まれた御々脚の、
片膝立ててその膝頭へ肘を引っかけという、
なかなか大胆なお行儀のままにて。
金髪白面、鋭角な面差しも妖冶に艶な、
相変わらずに人ならぬ存在もかくやという美貌のお師匠様は、
どこか楽しげにくすすと笑った。

 「感じ取るものが身の回りに多すぎるんで、後回しになってただけだろよ。」

だってちゃんと、小鳥の陰へは反応した。
はややっと飛び上がっての、とたぱた濡れ縁まで出てったのだから、
気がついてない訳じゃあない。
ただ、他のことがあんまり楽しかったりするものだから、
そっちが優先されがちなだけ。
それでなくとも、毎日毎日、そりゃあにぎやかな御宅でしょうことは、
言われる前から重々想像がつきますしねぇ。
(苦笑)

 「お鼻の先がむずむずしてるってのもそう。
  ちゃんと感じ取ってるからこその反応なんだから、案じることはあんめぇよ。」

さっきは“花粉症じゃね?”なんて言いかかってたくせにねぇ。

 「それよかもっと、案じなきゃなんねぇもんがあるんじゃね?」
 「はい?」

何のことでしょかと、もはやお勉強はどこへやら、
仔ギツネさんの話に没頭している主従のお二人であり。
「ちゃんと春の気配に気づいてるその証拠ってのが、他にもあんだろが。」
「………あ、ああ。そうでしたね。」
言われてセナくんが気がついたのが、
「でも、阿含さんのところには、冬の間から遊びに行ってましたよ?」
「そっちじゃなくて。」
セナくんのお約束通りのボケっぷりへ、
その細い肩をかっくりこと落として見せてから。

 「時々とんでもないもんを持って帰ろうが。」

狭く開いた桧扇の陰にて、こそりと囁いたお館様へ、

 「………………あ。」

やっとのこと、セナくんが思い出したのが。
「…昨日は“何とかカミキリ”っていう結構大きいのでした。」
「だったらしいな。」
セナが思わず“ぎゃあっ”と叫んだその拍子、
頼もしき憑神様が雷雲しょって武装して出て来たもんだから、

 「ここら一帯の土地神の眷属のちまいのが、
  上を下への大騒ぎになっちまったろが。」

大地の地脈を震わすほどとまでは行かなかったものの、

 「お前が苦手な虫のあれこれ、
  わざわざ見せにと持って帰って来るのだけは何とかせんとなぁ。」
 「…………はい。////////

蝶々やトンボや、テントウ虫や、
小さくて可愛いのは何とか我慢も出来るのだけれど。
大きなカマキリや、脚の多いムカデの親戚みたいのや、
ほとんどの虫がちと苦手なセナくんだったりするというのに。
そこのところを説明しておく暇まもないまま、
春が訪のう頃合いになってしまったものだから。

 「せめて食うためにって捕まえてんならともかくも。」
 「その後、ここのお庭に放してますしね。」
 「昨年はこんな騒ぎもなかったよな。」
 「それはあれですよ。去年は阿含さんともこうまで親しくなかったから。」

まだ寒い中、理由もなくの遠出をする機会なんて、
さほどにはなかった くうちゃんだったので。
お館様のお膝に抱っこされての、
炭櫃の傍らに大人しく居やっただけだったのに。


  ―― そうか、そこへも悪影響を及ぼしとるのか、あいつはよ。
      は、葉柱さん?
      いきなり現れてんじゃねぇよ、このバカ蜥蜴。


誰かのあら捜しをするような、
器の小さい性分のお人ではなかった筈なのだけれど。
あの蛇の邪妖様に関してだけは、
技量も料簡も小さくなってしまう、困った相性の式神様。
そこでの説教かどうかは知らないが、
あまりに唐突に、荒波背負ってのご登場を果たした彼へと向けて、
げしげしと必殺の蹴りが繰り出されているのも相変わらずの、
蛭魔との相性だったりし。

 “あ〜あ、またまたお二人の世界に入られて。”

これもやっぱり春だから?
とりあえず、自分が虫に強くなった方が早いのかしらと、
ちょっぴり悩ましげな溜息ついたセナくんで。
そんな坊やの額に降って、前髪を甘く暖めるは春の陽射し。
何だかだとにぎやかな気配を連れての、
春はもうもうそこまで来てるみたいです。




  〜 どさくさ・どっとはらい 〜  08.3.15.


  *いやはや、春めいて来ましたねぇ。
   3日とおかずという間合いにて、
   阿含さんと林で遊んでるのだろう くうちゃんにしてみれば。
   あまりに毎日触れてるものだったので、
   おおという強い実感での“春の到来”っての、
   ピンと来なかったらしく。
   ……阿含さんがこれからの1年、寝不足にならねばいんですが。
(苦笑)

  めーるふぉーむvv ぽちっとなvv

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